トップスタイリストとしての美容師の原点を求めて/スキル×ボランティアの掛け算

取材特集 林田茂泰(美容師)

「やってみたら、結構楽しかったんです。」

児童養護施設で無償のヘアカットのボランティアを行う美容師の林田茂泰氏は、初めて活動を行った時のことをこう振り返る。

数年前、林田氏は友人の美容師に誘われ、児童養護施設を訪れた。もともと真面目な性格からか、”親がいない可哀想な子供たちの為に”と意気込んで向かったが、想像していた子供達の姿とは打って変わって、明るくて元気な子供達ばかりだった。

「正直、拍子抜けしました。みんなすごく明るくて、前向き。僕のヘアカットをとても楽しんでくれました。」

林田氏は神奈川県生まれ。中学校時代に美容師に憧れをもち、専門学校を卒業するとすぐに東京の美容室に就職した。順調にキャリアを進めて30歳になるころにはトップスタイリストとして活躍していた。

美容院画像

しかし、どんな仕事も、毎日同じような業務をしていると、どうしてもマンネリ化してしまう。そんな時、この活動に出会い、美容師としての仕事の素晴らしさを再認識するきっかけになったという。

「仕事のやりがい、原点を思い出したんです。自分が美容師になったのは、人の髪型を自分の技術を駆使して、可愛くできる、かっこよくできる、というのが純粋に楽しかったから。子供達のヘアカットを終えて、鏡で自分の姿を見てもらうと、みんな笑顔で『かっこいい!』『可愛い!』と喜んでくれる。」

やりがいの見つけ方

この活動のやりがいについて聞いてみると、意外な言葉が返ってきた。

「本質的には、仕事も、この活動も、やりがいは同じです。相手の髪型をデザインして、オシャレになった自分に喜んで貰えることが嬉しい。」

林田氏を取材して感じたのは、活動を通して自分に向き合う姿勢だ。慈善活動に滲み出る「やってあげてる感」は一切なく、自分のサービスを提供して喜んでもらうことを純粋に楽しんでいる。

そんな中でも、活動を通して気づいた課題もあったという。今年2020年1月に川崎市の児童養護施設へ、ヘアカットのボランティアに赴いた際、8歳の男の子から「お兄さん、髪切り屋さん始めて何年ぐらい?」と質問を受けた。

子供が「美容師」という名前を知らないことはよくあるが、職員と話す中で出てきた彼らの課題と重なる部分があった。子供達が外の大人と触れ合う機会が少ないという課題だ。

児童養護施設の最低限の職員数は、児童福祉法で定めがあり、小学生以上の児童には5.5人に最低1人の指導員が一緒に生活をしている。しかし、職員は同時に様々な仕事を抱えており、子供達を外に連れ出して、様々な機会を与える時間は限界がある。

だからこそ、施設のスタッフは「林田さんのような美容師が施設に来て、触れ合いながら学ぶことは子供達にとって貴重な経験になる」と語る。

活動を広げていく

一方、林田氏個人の力では、この活動を大きくし、継続していくことは限界があると言う。ただでさえ休みが少なくて忙しいと言われる美容師業界で、休日をを活用するとは言えども、1日で10人程度が限界だろう。

厚生労働省のウェブサイトによると、平成28年時点で全国の児童養護施設は603箇所、入所している2-18歳の児童の数は27,288人。全ての児童を一回まわるだけでも2,729回の訪問が必要だ。

林田氏は現在、美容師の知人3人と一緒に活動をしているが、この活動が全国に広がることを期待していると言う。そして、活動をみんなに知ってもらおうと、クラウドファンディングも立ち上げた。

「やってみたら楽しかったし、自分の仕事を見つめ直すきっかけになった。そして、子供達も喜んでくれるんだから最高です。」

仕事のやりがいやSDGsに代表される、社会の持続可能性が問われている現代で、従来の慈善事業とは異なる、”自分自身の経験のため”の社会貢献のあり方の一つではないだろうか。

July 16, 2020


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