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M&A、上場、廃業のプロ/求められる士業になるためのマインドセット

取材特集 飛田幸作 飛田司法書士事務所 代表

弁護士や税理士といった士業の中でも、司法書士ほど業務内容が分かりにくい職種は無いだろう。司法書士とは国家資格である司法書士試験に合格して、司法書士会に登録した上で、登記、供託、訴訟その他の法律事務に関して、本人を代理して行う専門家を指す。

企業経営者にとっては会社設立時の登記や、取締役会や株主総会の議事録作成などで司法書士のサポートを受けることが多く、法務知識に長けた事務手続きのプロフェッショナルと捉えられることが多い。

しかし、今回取材をした飛田幸作氏の語る”司法書士のあるべき姿”は若干異なる。

「法律実務ができるのは当たり前。その先の景色を見たことがあるかどうかで、アドバイス出来ることが変わってくる」

飛田氏は司法書士として17年以上の経歴を持ち、延べ1,000社以上の企業に携わってきた。現在は名古屋商科大学大学院で客員講師も務めている。 2003年に司法書士試験に合格し、2006年に独立すると、一般的な司法書士が行う登記業務や法務相談だけではなく、M&Aに関わるサポートや東京証券取引所への上場支援なども複数こなしてきた。

そんな飛田氏に、司法書士としての企業との関わり方について伺うと、「使える司法書士」として中小企業から重宝される理由が見えてきた。

当たり前の業務に甘んじない

司法書士の企業法務に関する一般的な業務は、登記および登記手続きに必要な書類の作成だ。 例えば、会社を設立時や、取締役を選任するとき、はたまた合併や組織再編など企業のイベントが発生した際に書類作成などの法的実務を担う。

多くの場合は、会社の方針が決まった後に登場し、最後までスムーズに完結させるためにサポートをする役割である。 しかし、飛田氏の場合はもう少し手前の段階から相談を受けることが多い。

「法律、実務のスペシャリストとして手続きを完遂することは当たり前。しかし、本人がなぜそのような手続きを行いたいかという背景を深堀りしていくと、もっと別の方法、戦略が適切だとなることがあります。」

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根本的な課題と向き合う姿勢

例えば、相談を受ける業務の一つとして、会社の廃業手続きがある。司法書士としては、解散登記、清算結了登記を担うため、売上に繋がる仕事だ。 司法書士として就職した2003年は、多くのスタートアップが立ち上がり、設立登記業務や資本政策の支援など活発だった。

その後、ITバブルがはじけると、経営破綻をする企業が相次いだ。経営者は藁をもすがる思いから、経営コンサルタントに高いコンサル料を払って融資のリスケやコストカットが相次いだ。

しかし、短期的な対策では”延命”にしかならず、根本的な解決には至らない。 「廃業手続き、清算手続きをしていると、『何か自分に出来ることはなかったのか…』切ない気持ちになることが多かった。」 こんな思いから、飛田氏は様々なことに取り組んできた。

効率よりも本質を追う

中小企業診断士の資格を取得したこともその一つである。一般的な司法書士が新たな資格を取る際は、行政書士資格や土地家屋調査士がほとんどで、中小企業診断士を取得する司法書士は日本全国でもかなり少数だ。経営改善のアドバイスと司法書士業務はあまりシナジーが見込めないからである。

しかし、経営者と関わることが多い司法書士だからこそ、普段から長期的な目線で抜本的な経営の相談に乗れるようになろうと、経営コンサルタントの代名詞である中小企業診断士の資格を取得した。現在は、大学院の客員講師も務める。

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また、簿記2級の資格を取得したり、パートタイムでMBAに通い専門的なファイナンスやマーケティングの勉強に励んだ。 これらの資格や経験は、企業経営者の経営相談に乗る際に生きることはもちろん、同じように企業をサポートする税理士や会計士とのコミュニケーションにも役立っている。

例えば、中小企業のオーナー経営者から「後継者候補の役員に株を持たせたい」という相談は多いが、税務や会計面でどのような論点が出てくるのか、どこに注意をする必要があるのかを理解していないと、実行した後に落とし穴にはまってしまうこともある。資本政策にかかる株主や取得者の税制や発行会社の会計処理は複雑で、税理士であっても勘所が分かっていないケースも多い。

手続きを実行するにあたって起こりうるリスクに関して、法務面だけではなく、会計面、税務面、経営面の視点があるために、経営者から重宝され、様々な悩み相談の窓口として機能できるのである。

守備範囲+αの視野を持つことの大切さ

さらに、跡継ぎ問題、相続対策などで廃業を余儀なくされる企業に対しては、M &Aの支援も行なっている。

「廃業後にその会社の従業員達が困りゆく姿を何度も見てきた。経営者も不本意で悲しむケースが多い。せっかく良い技術があり、優秀な従業員がいるのに廃業せざるを得なくなってしまうケースを少しでも無くしたい。」

司法書士がどのようにして貢献することができるのか。飛田氏の信念の一つである”守備範囲+αの視野を持つこと”が現在に繋がっている。 例えば、M&Aに向けての企業の整理整頓だ。M &Aで企業を売却する際には、買い手候補の会社より、デューデリジェンスと呼ばれる内部調査を求められる。

デューデリジェンス中に経営上の不備が見つかると売却金額にマイナスの影響が出てしまうため、デューデリジェンスを実施する前の準備段階で整理しておくことが肝心である。

「子会社整理などの組織再編や、定款変更、株式の発行など、M&Aに携わってきた経験から、どのようなポイントを整理しておくべきかアドバイスすることが多いです。」

過去の経験から司法書士の実務だけではなく、全体の流れまで理解している、飛田氏ならではの知見である。

視点を変えてスキルを横展開する

このような経験や知見が功を奏し、数年前からは、東京証券取引所に上場を検討している企業からの依頼で上場支援も手がけるようになった。

「公開会社になるにあたって1年以上かけて支援を行い、上場にたどり着いた時は感無量です。」

上場支援業務はM&Aでの企業売却と似ているという。買い手が企業か投資家かの違いがあるだけで、会社を輝かせてして買い手に投資して貰えるようにする、ということは変わらない。

「そして社員が1人もいなくなった…」

なぜ飛田氏は、司法書士の業務に留まらず、様々な側面から企業の支援を行うのか。最後にその理由を伺うと、ターニングポイントとなった過去のエピソードを話してくれた。

「司法書士の強みは、会社法に精通し、適切な手続きを適切なタイミングで実務に落として実行支援できることです。ただ、当時の自分は大事なことを見落としていたのかもしれない。」

独立して間も無い時、社員30人ほどの中小企業の株主から、経営体制の改革として代表取締役社長の解任手続きの相談を受けた。 聞くと、その株主は以前より社長の辞任を求めていたが、交渉が折り合わず、協議が進まない状況だという。

しびれを切らした株主は、取締役会で代表取締役の解任の手続きに踏み切ることにしたのだ。 飛田氏は、粛々と実務面でのサポートを行い、弁護士と協業しながら、必要な書類作成にを進めていった。

社長サイドも対抗措置を採ることが考えられたため、一般的な方法よりもさらに用意周到に準備を進めたこともあり、取締役会の当日は、無事に決議、議事録の作成まで完了して登記を残す全ての手続きを完了することができた。

しかし、解任劇の翌日、新社長となった役員を訪ねて会社に伺うと、なんと従業員が誰も出社していなかったのである。 会社はあくまで箱であり、法律、制度に則って手続きをすれば会社運営ができる訳ではない。そんな当たり前のことを痛感し、士業の役割の本質について考えさせられた。

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実務のその先へ 「使える士業の勘所」

「ただただ手続きをするだけでは無く、その先にどんな結果が待っているのか、をイメージしてもらうことが大切。その先まで伝えた上で、場合によっては別の選択肢を一緒に考える。」

1,000社以上に関わってきて様々な景色を見てきた飛田氏ならではの姿勢である。経営者、その周りのサポーターから「使える司法書士」と言われる飛田氏の視座は、同じような士業、専門家の方々にとって参考になるはずだ。

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December 16, 2020


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